新潟市のご紹介

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新潟市のご紹介
新潟市とは・・
江戸時代から新潟湊として、物流の拠点だった新潟町、1858年修好通商条約で横浜・函館・長崎・神戸とともに開港5港に指定されました。1869年1月1日新潟港開港、2019年、新潟港は開港150周年を迎えます。

新潟市は1996年中核市となり、2005年の平成の大合併で近隣13市町村(新津市、白根市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室村、西川町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村、巻町)と合併し2007年4月に北区、東区、中央区、江南区、秋葉区、南区、西区、西蒲区の8つを行政区とする本州日本海側初の政令指定都市となりました。

新潟の地は長さ・水量とも日本一の信濃川と水量二位の阿賀野川が日本海に流れ込む場所で、中心市街地は信濃川の河口に発達し郊外には潟を干拓した広大な水田が広がり、現在も東西に長くのびる天然潟湖の鳥屋野潟、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地である佐潟、オムニバスが自生し日本一のオオヒシクイの越冬地である福島潟といった豊富な水辺空間があります。
新潟市の主な湖沼
福島潟 鳥屋野潟 佐潟 上堰潟
北区 中央区 西区 西蒲区
オオヒシクイを初めとして220種類以上の野鳥が確認されています。絶滅危惧種で日本最大の水生植物オムニバスが自生する日本の北限とされています。 都市部に残る潟としても珍しく、春には周囲に約2,000本の桜が一斉に咲き、市街地に隣接しながらもコハクチョウなど多くの水鳥が越冬のため飛来します。 ラムサール条約に登録されている潟。夏の湖面を彩るハスは盆花として出荷され、冬場には漁業が営まれます。 春には桜や菜の花、秋にはコスモスの花々が楽しめます。洪水調整池としての機能も備え、休憩所やバーべキューなど広場、遊歩道も整備され憩の場です。

米の生産額全国市町村第一位の米どころ“新潟”、銘酒の産地“新潟”、くろさき茶豆、浅漬けに最高の十全なす、ルレクチェ(西洋梨)、おけさ柿、南蛮えび、口の中が黒く美味の高級魚のどぐろ等々食の宝庫“新潟”、1950年代まで新潟島中心には堀が張り巡らされそれに沿って柳が植えられていたことから「水の都」「柳都(りゅうと)」ともいわれる“新潟市” 柳は新潟市の木、チューリップは新潟市の花に選定されています。

中心市街地は関屋分水の掘削により全方向が川と海に囲まれた信濃川左岸の通称新潟島と新潟港(西港)がある万代島、旧沼垂町の二箇所を中心に栄えてきました。この二箇所を新潟のシンボルであり重要文化財である萬代橋が結んでいます。

現在の萬代橋は三代目で1929年に竣工、6つのアーチを連ねる鉄筋コンクリート橋で側面は9000個の茨城県産御影石で化粧が施されています。
1886年初代から100歳を迎えライトアップが実現し毎年新潟まつりの民謡流しが行われています。2004年には三代目萬代橋の75周年誕生祭が行われ重要文化財に指定されました。多くの面積が丘陵地で占められ、日本海に向かい急峻な地形をみせるこの通称「新潟島」は中央区の北1/3程度をしめ新潟市役所、新潟市民芸術文化会館や古町などがあり新潟の中心部を形成しているので、萬代橋の一日あたりの車、人の通行量はかなりのものがあります。また1964(昭和39)年発生、マグニチュード(M)7.5の新潟地震・・開通したばかりの昭和大橋は落下、八千代橋も激しく破損し通行は不可能となりましたが、万代橋は激震に耐えました。左右両岸の取り付け部分が沈下した被害でとどまり、夜通し行われた仮復旧工事で翌日には車の通行が可能になり、全国からの救援物資を運ぶことができました。萬代(よろずよ)まで新潟の発展に尽くす”ことを願って「萬代橋」と命名されました。
2014年は萬代橋が重要文化財に指定されてから10年目、新潟地震から50年目、明治22年(1889年)新潟市が誕生し大正3年(1914年)信濃川西岸の新潟区および関屋村と萬代橋で繋がる東岸の旧沼垂町と合併して100年目、多くのイベントが開催されています。        ヒカリプロジェクトマッピングが実施された万代橋

2014年の新潟市 安心政令市にいがたの成熟に向けて 新潟市報 2454号